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ハゲタカのSS不定期掲載
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思い通りにいかないことってありますよ、彼のような優秀なファンマネでも。
そんなわけで、仕事上なにやら勃発して自己嫌悪の鷲津くんを書いてみました。
由香ちゃんとは出来上がってます、うふふ。
エロはないです。(まだここに書く勇気ない)





何もかも、どうでもよくなる時というのが、人間にはある。

例えばそれは仕事が忙しすぎたり、取引先に無理難題を押しつけられたり、部下に嫌みを言われたり、など。

元来、几帳面・勤勉・真面目一本槍のエリートにだって、そういうことは例外なくあるわけで。

そんなとき鷲津は、いつもよりほんの少し仕事を早めに切り上げ、風呂上がりに牛乳を一気飲みして、さっさと寝ると決めている。

だが今日のように疲れがピークに達している時は、風呂にすら入らない。

さらに皺になろうが染みになろうが、スーツも脱がない。

ただ部屋にたどり着いたら、本能に任せてその辺に倒れ込むだけだ。

独り暮らしの気軽な身の上。

だらしないと叱る人間もいない・・・・・・はずだった。



「ねえ、鷲津さんてば」

「・・・・・・」

「そんなとこで寝たら、風邪ひくわよ」
 


言われなくてもわかっている。

春と言っても、夜になるとまだまだ冷え込む。

ソファの上で毛布もかけずにうたた寝しようものなら、てきめんに風邪をひくだろう。

わかっていても、何もかもがどうでもよい気分なのだから、しょうがないではないか。

それをいちいち、母親みたいに言いやがって。

ハハオヤか、あんな女、こっちから三行半つきつけてやる。

反抗的な気分で、鷲津はごろりと寝返りをうった。

知らず、気遣わしげにこちらを見る視線に背を向けて。

ポケットの中身くらい出したほうがよかったか、と頭を掠めた躊躇(とまど)いは、次の瞬間どうでもよくなっていた。



「もう。 知らないから」
 


どう見てもふて寝としか思えない鷲津の背中に、由香は盛大なため息をついた。

そして当てつけがましく聞こえたかもしれないと、次の瞬間、慌てて唇を結ぶ。

これ以上、この坊やの機嫌を損ねたら始末に負えないことを、由香は知っているから。
 



確かに今夜は、アポなし突撃訪問に近かったことは認める。

溜め込んでいた特集記事が書き上がって(しかも褒められた)、浮かれていたせいもある。

うれしくて鷲津を食事に誘ったら、めずらしく既に自宅に帰り着いているという。

それならばと、彼の大好きな代官山鳥千のせせりを買って、うきうきと押しかけてきた次第だ。

電話口で聞いた鷲津の声がなんとなく投げやりだったのを、そのとき特に気に止めなかったのも失点である。

部屋で待ちかまえていた鷲津は、いつも以上に無口で、いつも以上に無愛想だった。

感情の機微に聡(さと)い由香は、慌てて平日の夜、こうして自分の都合で一方的に訪ねた非礼を詫びた。

しかし鷲津は顔を伏せたまま、「君のせいじゃない」「少し疲れているだけだから」と言って、それきり黙り込んだのだった。



「ねえ」

「・・・・・・」

「いきなり来たから、やっぱ怒ってるんでしょ?」

「・・・・・・」

「もう寝ちゃった?」
 


もぞ、とワイシャツ越しの背中が動く。

けれど眼鏡を外した鷲津の目は、閉じられたままだ。

この家に上がり込んでからずっとこの調子で、いささか由香も時間を持て余し始めていた。

冷蔵庫に冷やしておいたカクテルやワインが気になったが、一人で飲んだところでちっとも楽しくない。



鷲津が人前でこんな風に不機嫌な姿を見せるのは、実際すごく珍しい。

それがポジティブであれネガティブであれ、彼は感情を表に出すことを潔しとしない人間だったからだ。

こうしてつきあいが深まっていくうちに、由香は彼の固い殻の下に隠された感情の波を垣間見るようになった。

そのたび由香は、まるで鷲津の秘密を共有できたような、新鮮な気分を味わったのだった。

初めてプライベートで喧嘩をしたときなど、その怒りで紅潮した顔にいつの間にか見入ってしまった程だ。

ああ、この人、素ではこんな顔をして怒るのだ、と。




ソファに身を投げ出した鷲津は、ワイシャツもネクタイもきっちり身につけたままだ。

これで朝まで寝ていても、ほとんど疲れはとれないだろう。

今夜の鷲津の不機嫌の理由は、よくわからない。

けれど、疲れているということはわかったので、由香はソファの傍らに膝をついた。

せめてネクタイだけでも緩めれば、少しは楽になるだろう、と。



「失礼しまあす・・・・・・」
 


まずは履いたままだった黒いソックスに手をかける。

薄手のそれを脱がすと、硬質な足の甲が目に飛び込んできた。

続いて、短く切りそろえられた爪先。

律儀な性格そのままに整えられたその形が愛しくて、くすぐったら酷く叱られたことがあった。

それはすなわち、自分の弱点のひとつを由香に知らせたも同じだったのだが。

その後の彼の無体ぶりを思い出して、由香は耳元まで熱くなった自分に気づき、あわてて首をふった。

鷲津の表情を窺うと、特に嫌がる様子もなくおとなしく介抱されているように見える。

彼はどうやらこのまま由香を放置して、ふて寝を続行する予定のようだ。



「ネクタイ、外しますよ?」
 
一応、聞こえているのかわからない相手にうかがって、由香はネクタイに手をかけた。

喉元が苦しくないのかと心配になるほど、女の力にその結び目は固い。

首筋に擦れないように慎重に解くうち、由香の顔は首筋に吐息が触れる程近づいていた。

薄く動脈が浮き出た、男らしい筋肉質な首から顎にかけてのライン。

その下に隠されたほくろに、ふと目が留まる。

ふっと息を吹きかけると、喉仏がごくりと鳴った。

目線を上げると、鷲津の硬く閉じられた眦(まなじり)がうっすら紅く染まっている。

吐息が首筋をかすめるたび、鷲津の眉間がぴくりと反応するのがわかる。

やがて慎重な指つかいで、由香がゆっくりと彼のネクタイを抜き取った。



どうあってもふて寝を決め込む様子の鷲津と、なんとかして目を開けさせたい由香。

こうなると由香のほうが、だんだん勝負しているような気分になってきた。



「次はシャツでぇす」



ボタンを外すと心拍数が上がるような気がして、由香は深呼吸してリズムを整えた。

シャツの下から少しずつ現れる素肌はしっとり滑らかで、けれど不自然に強ばっている。

彼の敏感な部分、腋からわき腹にかけてのあたりは、まだシャツの影に隠れて見えない。

そうして由香はようやく、鷲津のウエストのところまでボタンを外し終わった。



「次は、と・・・・・・」
 


まずシャツからぜんぶ脱がそうか、それとも先にスラックスを脱がそうか。

そんなことを考えながら、鷲津の表情を覗き込んで由香は思わず見惚れてしまう。

シャツから指が離れていく瞬間、吐息を逃すために薄く開いた唇。

秘やかに漏れるため息が耳朶をくすぐった瞬間、由香は衝動的に鷲津の頬にくちづけていた。

舌で軽く舐めると、鷲津の背が大げさに跳ねあがる。

驚愕に見開かれた黒い瞳が、視界の端に映った。

強い力で両肩をつかまれ、由香はようやく唇を離す。



「はっ・・・あ!・・・」

「はい、鷲津さんの負けー」

「なっ」

「目、醒めたでしょ?」


 
唾液に濡れた頬を手のひらで撫でる鷲津に、由香は笑いかける。

崩れた髪と裸眼の顔が妙に色っぽくて、胸がじわりと熱くなった。

とりあえず、この勝負は私の勝ちということで。 



「罰ゲームとして今からシャワー浴びて、パジャマに着替えて、それから私と一緒に鳥千のせせり食べてください」
 


笑いながら差し伸べられた由香の手を無視して、鷲津は憮然と起き上がった。

さっきまでの無気力感が、嘘のように吹き飛んで見える。

まさかと思うが、『負け』という禁句(彼の辞書にない言葉)に反応して、闘志が湧いたとでも言うのだろうか。

ご名答、几帳面・勤勉・真面目一本槍のエリートは、また大変な負けず嫌いでもあった。



「由香さん」

「な、何?」 

「シャワー浴びたら、もう一勝負したい」

「・・・・・え?」



この勝負の行く末がどうなったのか、それはまた別の話。

 

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ふたりがまだ出来上がる前の設定です。
由香ちゃんが健気な感じ。




「うまそうだな、それ」

頭上から声をかけられて、鷲津は玉ねぎの天ぷらを挟んだ箸をとめた。

二人がけの狭いテーブルの向こう側に、当然のように西野がすべりこんで腰を下ろす。

六本木のオフィス街から離れた路地裏にあるこの小さな蕎麦屋は、昼時でも空いているのと、同業者に出くわすことが少ないという点で、鷲津の気にいりの店だった。

同じ業界で働いていながら、ほとんど顔をあわせることのないこの男と、こんな所で出くわすとは思ってもみなかった。

西野はお品書きを開きもせずに、鷲津の手元を興味深げにのぞき込んでいる。

温蕎麦の上に、野菜の天ぷらがたっぷりと乗せられてあった。


「それ、うまそうですね」

「ああ」

「なんて言うんです?」

「・・・・・・野菜おろし天蕎麦だ」


お品書きには店主のおすすめ、オリジナルメニューと書いてある。

といっても、温かい蕎麦に野菜の天ぷらと大根おろしが乗せてあるだけのものだ。

最近の鷲津は、この蕎麦を3回に1回は注文する。

一番のお気に入り、黒胡麻山菜蕎麦は、春の終わりとともに終了したからだ。


「いちおう野菜が食べられて、体にいいってわけですか」

「まあね」

「ここ、にしん蕎麦ひとつ」


水滴のついたコップを持ってきた中年の女性店員に、西野が声をかけた。

にしんを揚げるのに5分ほどお時間いただきますが、という言葉にも、いいよ、とうなずいている。

それから思い出したようにお品書きを手にとって、パラパラとめくり始めた。

てっきり同じものを注文するとばかり思っていた鷲津は、少し拍子抜けした。

こちらの怪訝な視線に気づいたのか、西野が顔を上げる。


「今の彼女に野菜死ぬほど食わされてますから、外では俺、好きなもの食べるんです」


意味ありげに伺う視線の西野に答えぬまま、鷲津は手元の野菜おろし天蕎麦に意識を戻した。

天ぷらの厚い衣も蕎麦も少しふやけていたが、食通でもなんでもない鷲津にとっては気にもならない。

てっとり早く栄養源が摂取できるのであれば、なんでもよいと思っている。



『伸びた蕎麦なんて、江戸っ子には邪道ですから』

ふいに彼女の声が、意識の底から甦った。
 


数日前の夜。

いつものごとく、鷲津が眠りにおちる少し前、控えめな時間に電話はかかってきた。

『鷲津さん?』

夜の静けさの向こう側から、遠慮がちに囁きかけてくるその声。

疲労しきった躰の指の先まで、染み渡るような。 

電話ごしに伝わる親密な空気を壊さぬよう、ごく小さな声で『どうした?』と問いかけると、彼女はこんなことを言い出した。


『汁を吸ってふやけきった出前の蕎麦を、食べられるかどうか』
 

私は絶対に嫌です、と電話口で力む彼女の顔を想像して、鷲津は少し笑った。

それから『僕は気にならないな』、と正直に応えた。


どうしてそんな話題を彼女が切り出したのか、今となってははっきり思い出せない。

親しいどころか、友人とも呼びがたい由香との会話に、いつもこれといった中身があるわけではない。

思いついたように彼女がふってくる話に、自分はそのとき思いつく限りの返事をするだけだ。

それだけの単調なやりとりに、日によっては小一時間を費やすこともあるのだった。

結局たどりついた結論は、伸びた蕎麦は嫌だが、うどんならまあ許せる、だったか。

この前は、そんなところで落ちついたような気がするが、あらためて考えてみると不確かである。



「・・・・・・あんた、飯ちゃんと食ってます?」


突然、意識の外側から声をかけられ、鷲津はハッと目線を上げた。

その拍子に、箸から椎茸の天ぷらが転がり落ちる。

テーブルに落下したそれは、すかさず西野の胃袋の中に消えた。


「家帰ってから大変でしょ。 飯の支度とか洗濯とか」

「・・・別に。 不自由はしてない」


眉根を寄せて気遣う西野の言葉を、鷲津はあっさり否定する。

最近、顔をあわせれば持ち出されるこの手の話題に、鷲津はいささかうんざりしていた。

日替わりで女のところに転がり込む西野から見れば、三十男の独身生活など不健康ここに極まれり、なのだろう。

これまで何度も、西野に限らずこうして結婚を勧めるかのような話題をふられたことがある。

この年になって、意中の女性のひとりもいないなんて、云々。

しかし実際のところ、鷲津は今の生活に何の不自由も感じていないのだ。

食事も洗濯も掃除も、男一人の身の回りのことなど、たかが知れている。

西野や外野たちが思うほど、荒廃した生活は送っていない、はずだ。



あの静かなマンションの部屋に、自分以外の人間がいる。

鷲津にとってそれはかなわぬ夢であり、実感の伴わない、あまりに遠い情景なのだった。



味も素っ気もない返事を半ば予想していたように、西野は口元だけで笑った。

グラスの水を飲み干して、それからぽつりと呟く。


「じゃ俺、略奪していいスかね」


その冗談めかしながらも場違いな発言に、驚いて鷲津が顔をあげた。

いかにも西野らしいと思いつつ、そらすことなく彼の真剣な視線を受け止める。

かちあった視線は、西野のほうからすぐに居心地悪そうに反らされた。

思わず口に出た言葉らしく、本人もこの点は不覚だったらしい。 

曲がった口元をくんだ指で隠したまま、西野は不機嫌そうに顎をしゃくった。


「ほら、早く食べないと蕎麦伸びますって。 そういうとこ、江戸っ子になりきれないなあ、鷲津さん」

「お待ちどうさまです」


奇妙なぎこちなさを帯びた空気を破るかのように、テーブルの中央に、油のはぜたにしんが置かれた。



それきり黙り込んだまま、蕎麦に専念し始めた西野をおいて、鷲津は先に店を出た。

ガラガラと軋む引き戸を開けると、とたんに梅雨晴れの眩しい光が視界を白く塗りつぶす。

薄暗い店内とはうってかわって、街は鮮やかな緑の光線に包まれている。

こうしている間にも、自分たちを取り巻く季節は着実に過ぎているのだ。

夏の気配さえ漂わせる空気に、空調に慣れた身体は一瞬ついていけなくなる。

ぼんやりと霞む頭の片隅で、鷲津はふと思った。

あのリクルートスタイルみたいな服では、さすがにもう暑いだろう、と。




「略奪していいスかね、か」


ふいに漏れた呟きをごまかすように、鷲津は小さな咳払いをひとつ、した。

鷲津と由香は出来上がった設定で。
酒と花火とホテルのスウィートの力を借りなければプロポーズできない鷲津さんはヘタレです。(笑)
加えて彼はエライすけべらしいです。(由香ちゃん主観ね@笑)




今日は毎年恒例、隅田川花火大会の開催される夜。

プライム11のスタッフが、もっとも忙しくなる夏のイベントのひとつだ。


マイクロバスの中で、お天気キャスターの加賀涼子が汗で崩れたメークを必死に直している。

「こんないい女がふたりとも花火大会でデートも出来ずに仕事って・・・どう思います、三島先輩」

唇を不満げに尖らせ、涼子がいきなり横に座る由香に話をふってきた。

おりしも携帯画面を見つめていた由香は、びくっと肩を震わせとっさの返事に詰まる。

その様子に、色恋ざたには特に敏感な涼子がさっそく問い詰めてきた。

「あー、先輩、何ですか?そのメール・・・もしかして、仕事終わった後のデートのお誘いとかじゃないでしょうねえっ!」

「えーと!?」

携帯を隠す由香の背後に、いつのまにか仁王立ちのスタッフたち。

「ひんしゅく~。 三島ちゃんったら中継の合間にあいびきの約束だって~」

「三島の彼氏、意外とマメなんだねぇ」

「どれどれ、何て書いてるのか見せろよ」

あわてた由香が携帯の電源ボタンを押してしまい、たちまち画面は真っ暗になる。

しまった、書きかけのメール、保存したっけ?

「みんな意地悪・・・やだ、返信消しちゃったかも・・・」

「いいじゃないですか、どうせ今から逢うんでしょ。 あーあ、妬けるなあ。 明日先輩に何奢ってもらおうかなあ」

「だったら青山スクエアに出来た新しい和食の店、すごい美味しかったってよ」

「そりゃいい! 明日は三島ちゃんの奢りで打ち上げか」

赤くなったり青くなったりの由香を尻目に、わいわい店選びを始めるスタッフたち。

「あの、それ、ボーナスまで・・・、待ってくれる・・・?」

勝手にはしゃぐ彼らを見て、がっくり肩を落とす由香だった。



そこは隅田川沿いに建つ、とある高級ホテル。

携帯の画面に映っていたのは、最上階の部屋のルームナンバー。

そして、『花火でも一緒に見よう』の一言だった。

これを同僚キャスターやスタッフたちに見られなかったのは、不幸中の幸いだったけれど。



この花火大会、毎年うちの番組で生中継してるの、あなた知ってるでしょうに。

鷲津さんからの連絡ったら、こんなふうにいつだって突然なんだもん・・・。



ぶつくさ独りごちながら、けなげに少し小走りになる由香である。

お役御免となったのは午前1時をまわってからで、河川敷は花火大会の余韻でまだごったがえしていた。

携帯に記されたホテルのロビーは、ゲートでドアボーイが何重にもチェックするため、さすがに人気は少ない。

それでも由香は誰かにフライデーされやしないかと、きょろきょろしながら帽子を目深にかぶり直してしまう。

汗の滲んだスーツのまま、これってレディとしてどうなんだろ・・・と気にしながら、指示された部屋のドアをノックする。

一呼吸おいて、静かにドアが開けられた。

・・・びっくりした。

そこに立っていたのは、初めて見る、浴衣姿の鷲津政彦だった。




「えー・・と・・あ、どうもお招きありがとうございます」

ぺこりと頭をさげた由香が、部屋の中へと通された。

モスグリーンで統一された、いかにもスイートルームらしい上品な内装。

ここってもしかしてすごい高いんじゃない?などと思いながら、由香はアロマの効いた涼しい空気を胸いっぱい吸い込む。

「鷲津さん、自分で着れるなんてすごいですね。 それ、浴衣でしょう?」

「ああ。 浴衣はこのホテルのサービスなんだ。 花火大会だからだろう。 君のぶんもある」

え?と思いながらも、由香はベッドの上に置かれたもう一組の浴衣を見る。

「鷲津さんの浴衣姿、初めて見ました」

そう言いながら、由香はこのとき初めて鷲津の顔が心なし赤いのに気付いた。

「鷲津さん、もしかして酔っ払ってないですか?」

「君の報道ぶり見てたら危なっかしくてね。 それでつい酒がすすんでしまった」

「し、失礼ねっ! 私、何年この中継やってると思ってんですかっ!!」

あらためて見ると、テーブルの上には、半分ほど空けられたブランデー。

そして、空になった冷酒のボトルが数本。

―――うわ、鷲津さん飲みすぎ。

テーブルの前には、座り心地の良さそうなグレーの革のソファ。

その向こうに隅田川から都心が見渡せる、今夜の最高のロケーションである。

―――さっきまでここに座って、ほろ酔いで花火大会見てたんだ、鷲津さん。

それ・・・いいなあ・・。

鷲津さんが、このソファで気持ちよく飲んでた頃。

私はスポンサー名のプリントされたパネルの前で、足に冷風扇あてながらニュース原稿読んでたんだ。



「いいですよね、鷲津さんは。 こんな特等席で花火見られたんだから」

由香が鷲津に向かって、むすっと下唇を突き出す。

フェアでクールなイメージを要求される由香にとって、こんな表情の出来る相手はあまり多くない。

我ながらみっともないと思いながらも、普段からつい仕事の愚痴など鷲津にぶつけている。

彼もそのことはわかっているのか、どんなときも平然とした顔で、黙って由香の聞き役になってくれていた。

「ゲストも多かったし、今日はいつもより忙しかっただろう。 にわか雨が降ってきたときはどうなるかと思ったよ」

「そう、今夜は忙しいなんてもんじゃなかったですよ。 機材は壊れるわ、大渋滞で中継車は入れないわ、スポンサーは商品抱えて乱入してくるわで・・」


由香の話を、鷲津は神妙な顔で時折あいづちまで打ちながら聞いている。

「それから鷲津さんのメール、いつも突然なんだもん・・・。 おかげでスタッフに見つかって、食事奢らされるはめになっちゃった」

「そう。 悪かった」

「あ、えーと、すみません、別に責めてるわけじゃないんですけど・・・」

酔っているせいか、いつもより素直な鷲津に由香は少し拍子抜けしてしまう。

「ところでせっかくお招きいただいたけど、花火終わっちゃってます・・・遅くなってごめんなさい」

「・・・花火は別にいいんだ。 仕事中だとわかってて誘ったんだから」

「え? じゃ、もし私がここに来れなかったらどうするつもりだったの?」

それには答えず、鷲津が冷蔵庫からビールを出して由香にすすめた。

「あの、飲む前にちょっと汗流してきていいですか? 私、今日はホントすごい汗かいちゃって」

そう言うと、鷲津が唇の端をあげて試すように笑った。

「よかったら、一緒に浴びようか?」

「あのねぇ、なに考えてんですか・・・エッチ」

「エッチ・・・って、傷つくなあ」

「鷲津さん、やっぱめちゃめちゃ酔ってません?」

「普通だよ」

「普通じゃないです。 鷲津さん、酔うとオヤジ全開になるんですよ」

「オヤジで悪かったな」

「それもただのオヤジじゃないです。 中年エロオヤジ」

「中年はひどい。 でも君は、そんな僕が好きなんだろう」

笑顔のまま、鷲津が由香の肩に手を伸ばし華奢な腰を引き寄せる。

目をそらすことなく、まっすぐにお互いを見つめあい―――

軽く互いの唇がふれ、眼鏡の下の目を細めながら鷲津が嬉しそうに呟いた。

「君の汗の味がする」

「だからあ、私、今すごい汗かいてるんですって」

「いいよ、そういうのも。 そそられる」

ねえ、そういうところがエロオヤジなんだってば。

鷲津さんにこんな一面があるなんて、昔なら想像もつかなかった。

いつも偉そうに取り巻きを従え、世界有数の運用実績を誇るファンドスペシャリストとして、一目も二目も置かれる存在。

ブランド物のスーツにピカピカの靴、何をとっても完璧かつ沈着冷静を絵に描いたようなこの人が。

本当は、こんなにも『あのこと』にタフで奔放で執着する男だったなんて。

「シャワー浴びるから、この前みたいにいきなり入って来ないでくださいね。 それから覗くのもダメ。 着替え隠すのもダメ」

「じゃあ今、キスだけでもさせてくれ」

「歯とか磨いてないから、それもダメ・・・私、たこやき食べたし」

って、もしかしてアオノリついてなかったかな、と今更ながら気になる。

あわてて走ってきたせいで、鏡で確認してなかった。

浴衣のせいか、アルコールのせいか、鷲津はいつもより積極的である。

「たこやきか・・・僕も食べたいな」

こうなると、由香はもう逃げられない。

唇が重なり、いつものように貪欲な舌が差し入れられる。

まるで口内くまなく、ねっとり舐めつくすような舌使い。

まだ慣れない由香には、鷲津の背にしがみつき受け入れるだけで精一杯なのだ。

濃厚なくちづけは、少しだけたこやきソースの味がした。

でも何より、酒臭い。



「花火より、こっちが楽しみだったんだ」

そう言いながら、鷲津が由香の耳元に呪文のように囁いた。

「え?」

「君の浴衣姿」

「・・・何、それ?」

本当は止めて欲しい、直接腰に来る、鷲津の熱い吐息まじりの声。

「実は花火、ほとんど見てない」

鷲津の右手が、由香のジャケットをカーペットの上にすべり落とした。

「本当はここで、画面に映る君を・・・ずっと見てた」

器用な指使いで、鷲津がブラウスのボタンをひとつひとつ外していく。

「鷲津さん、待って・・・。 私、あの・・、浴衣着たって・・・、どうせ・・すぐ脱がすつもりなんでしょう?」

きっと鷲津には『そうしてください』と聞こえるんだろうなと、由香はわれながら恥ずかしい。

それでもうつむきながら、目の前の男に精一杯の皮肉を言ってみた。

「なんだ、やっぱり脱がされたいのか」

間髪いれずに鷲津。

あまりに予想通りの展開に、由香は返す言葉につまった。

鷲津は最初から、花火なんてどうでもよかったんだろう。

つきあい始めの頃こそ、いろいろきっかけを考えていたようだったが、最近は堂々としたものだ。

花火大会は口実で、別に会えれば理由は何でもよかったのかもしれない。

しかしとりあえず、花火なんかなくっても、由香はこうして会えるだけで嬉しいのだし。



―――明日は10時出社なんだけどなあ。

いつもより数段増しでエッチな恋人の顔を見ながら、由香は思った。

でも浴衣姿で・・・したいだなんて、やっぱりもうオヤジなのかな?と思ってみたり。

「一緒に・・・、花火見れたらいいのにね」

「見れるさ」

「え?」

「君がプライム11のキャスター辞めたらいい」

「はあ?」

既に半裸に近い由香を見下ろしながら、鷲津がにやりと笑う。

こんな笑い方をするとき、この男の腹には大抵よからぬハカリゴトがあるのだ。



「では来年の花火大会までに、DD済み三島由香氏に対して、計画的かつ友好的吸収合併を実行しますか」



 

 

※DD:デューディリジェンス(due dilligence)とは、投資やM&Aなどの取引に際して行われる対象企業についての調査活動をいう。「デューデリジェンス」とも。口頭では「デューディリ」や「デューデリ」と略称するのが通常。文章では「DD」と略称することも。法務、会計、経営、環境といったさまざまな観点から行われる。

 

ワシユカに来てしまって、パロ垂れ流し的書きまくりしてます。
とりあえず保存場所に使います。関係者への通報・無断転載・無断転用ご勘弁ください。



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