鷲津と由香は出来上がった設定で。
酒と花火とホテルのスウィートの力を借りなければプロポーズできない鷲津さんはヘタレです。(笑)
加えて彼はエライすけべらしいです。(由香ちゃん主観ね@笑)
今日は毎年恒例、隅田川花火大会の開催される夜。
プライム11のスタッフが、もっとも忙しくなる夏のイベントのひとつだ。
マイクロバスの中で、お天気キャスターの加賀涼子が汗で崩れたメークを必死に直している。
「こんないい女がふたりとも花火大会でデートも出来ずに仕事って・・・どう思います、三島先輩」
唇を不満げに尖らせ、涼子がいきなり横に座る由香に話をふってきた。
おりしも携帯画面を見つめていた由香は、びくっと肩を震わせとっさの返事に詰まる。
その様子に、色恋ざたには特に敏感な涼子がさっそく問い詰めてきた。
「あー、先輩、何ですか?そのメール・・・もしかして、仕事終わった後のデートのお誘いとかじゃないでしょうねえっ!」
「えーと!?」
携帯を隠す由香の背後に、いつのまにか仁王立ちのスタッフたち。
「ひんしゅく~。 三島ちゃんったら中継の合間にあいびきの約束だって~」
「三島の彼氏、意外とマメなんだねぇ」
「どれどれ、何て書いてるのか見せろよ」
あわてた由香が携帯の電源ボタンを押してしまい、たちまち画面は真っ暗になる。
しまった、書きかけのメール、保存したっけ?
「みんな意地悪・・・やだ、返信消しちゃったかも・・・」
「いいじゃないですか、どうせ今から逢うんでしょ。 あーあ、妬けるなあ。 明日先輩に何奢ってもらおうかなあ」
「だったら青山スクエアに出来た新しい和食の店、すごい美味しかったってよ」
「そりゃいい! 明日は三島ちゃんの奢りで打ち上げか」
赤くなったり青くなったりの由香を尻目に、わいわい店選びを始めるスタッフたち。
「あの、それ、ボーナスまで・・・、待ってくれる・・・?」
勝手にはしゃぐ彼らを見て、がっくり肩を落とす由香だった。
そこは隅田川沿いに建つ、とある高級ホテル。
携帯の画面に映っていたのは、最上階の部屋のルームナンバー。
そして、『花火でも一緒に見よう』の一言だった。
これを同僚キャスターやスタッフたちに見られなかったのは、不幸中の幸いだったけれど。
この花火大会、毎年うちの番組で生中継してるの、あなた知ってるでしょうに。
鷲津さんからの連絡ったら、こんなふうにいつだって突然なんだもん・・・。
ぶつくさ独りごちながら、けなげに少し小走りになる由香である。
お役御免となったのは午前1時をまわってからで、河川敷は花火大会の余韻でまだごったがえしていた。
携帯に記されたホテルのロビーは、ゲートでドアボーイが何重にもチェックするため、さすがに人気は少ない。
それでも由香は誰かにフライデーされやしないかと、きょろきょろしながら帽子を目深にかぶり直してしまう。
汗の滲んだスーツのまま、これってレディとしてどうなんだろ・・・と気にしながら、指示された部屋のドアをノックする。
一呼吸おいて、静かにドアが開けられた。
・・・びっくりした。
そこに立っていたのは、初めて見る、浴衣姿の鷲津政彦だった。
「えー・・と・・あ、どうもお招きありがとうございます」
ぺこりと頭をさげた由香が、部屋の中へと通された。
モスグリーンで統一された、いかにもスイートルームらしい上品な内装。
ここってもしかしてすごい高いんじゃない?などと思いながら、由香はアロマの効いた涼しい空気を胸いっぱい吸い込む。
「鷲津さん、自分で着れるなんてすごいですね。 それ、浴衣でしょう?」
「ああ。 浴衣はこのホテルのサービスなんだ。 花火大会だからだろう。 君のぶんもある」
え?と思いながらも、由香はベッドの上に置かれたもう一組の浴衣を見る。
「鷲津さんの浴衣姿、初めて見ました」
そう言いながら、由香はこのとき初めて鷲津の顔が心なし赤いのに気付いた。
「鷲津さん、もしかして酔っ払ってないですか?」
「君の報道ぶり見てたら危なっかしくてね。 それでつい酒がすすんでしまった」
「し、失礼ねっ! 私、何年この中継やってると思ってんですかっ!!」
あらためて見ると、テーブルの上には、半分ほど空けられたブランデー。
そして、空になった冷酒のボトルが数本。
―――うわ、鷲津さん飲みすぎ。
テーブルの前には、座り心地の良さそうなグレーの革のソファ。
その向こうに隅田川から都心が見渡せる、今夜の最高のロケーションである。
―――さっきまでここに座って、ほろ酔いで花火大会見てたんだ、鷲津さん。
それ・・・いいなあ・・。
鷲津さんが、このソファで気持ちよく飲んでた頃。
私はスポンサー名のプリントされたパネルの前で、足に冷風扇あてながらニュース原稿読んでたんだ。
「いいですよね、鷲津さんは。 こんな特等席で花火見られたんだから」
由香が鷲津に向かって、むすっと下唇を突き出す。
フェアでクールなイメージを要求される由香にとって、こんな表情の出来る相手はあまり多くない。
我ながらみっともないと思いながらも、普段からつい仕事の愚痴など鷲津にぶつけている。
彼もそのことはわかっているのか、どんなときも平然とした顔で、黙って由香の聞き役になってくれていた。
「ゲストも多かったし、今日はいつもより忙しかっただろう。 にわか雨が降ってきたときはどうなるかと思ったよ」
「そう、今夜は忙しいなんてもんじゃなかったですよ。 機材は壊れるわ、大渋滞で中継車は入れないわ、スポンサーは商品抱えて乱入してくるわで・・」
由香の話を、鷲津は神妙な顔で時折あいづちまで打ちながら聞いている。
「それから鷲津さんのメール、いつも突然なんだもん・・・。 おかげでスタッフに見つかって、食事奢らされるはめになっちゃった」
「そう。 悪かった」
「あ、えーと、すみません、別に責めてるわけじゃないんですけど・・・」
酔っているせいか、いつもより素直な鷲津に由香は少し拍子抜けしてしまう。
「ところでせっかくお招きいただいたけど、花火終わっちゃってます・・・遅くなってごめんなさい」
「・・・花火は別にいいんだ。 仕事中だとわかってて誘ったんだから」
「え? じゃ、もし私がここに来れなかったらどうするつもりだったの?」
それには答えず、鷲津が冷蔵庫からビールを出して由香にすすめた。
「あの、飲む前にちょっと汗流してきていいですか? 私、今日はホントすごい汗かいちゃって」
そう言うと、鷲津が唇の端をあげて試すように笑った。
「よかったら、一緒に浴びようか?」
「あのねぇ、なに考えてんですか・・・エッチ」
「エッチ・・・って、傷つくなあ」
「鷲津さん、やっぱめちゃめちゃ酔ってません?」
「普通だよ」
「普通じゃないです。 鷲津さん、酔うとオヤジ全開になるんですよ」
「オヤジで悪かったな」
「それもただのオヤジじゃないです。 中年エロオヤジ」
「中年はひどい。 でも君は、そんな僕が好きなんだろう」
笑顔のまま、鷲津が由香の肩に手を伸ばし華奢な腰を引き寄せる。
目をそらすことなく、まっすぐにお互いを見つめあい―――
軽く互いの唇がふれ、眼鏡の下の目を細めながら鷲津が嬉しそうに呟いた。
「君の汗の味がする」
「だからあ、私、今すごい汗かいてるんですって」
「いいよ、そういうのも。 そそられる」
ねえ、そういうところがエロオヤジなんだってば。
鷲津さんにこんな一面があるなんて、昔なら想像もつかなかった。
いつも偉そうに取り巻きを従え、世界有数の運用実績を誇るファンドスペシャリストとして、一目も二目も置かれる存在。
ブランド物のスーツにピカピカの靴、何をとっても完璧かつ沈着冷静を絵に描いたようなこの人が。
本当は、こんなにも『あのこと』にタフで奔放で執着する男だったなんて。
「シャワー浴びるから、この前みたいにいきなり入って来ないでくださいね。 それから覗くのもダメ。 着替え隠すのもダメ」
「じゃあ今、キスだけでもさせてくれ」
「歯とか磨いてないから、それもダメ・・・私、たこやき食べたし」
って、もしかしてアオノリついてなかったかな、と今更ながら気になる。
あわてて走ってきたせいで、鏡で確認してなかった。
浴衣のせいか、アルコールのせいか、鷲津はいつもより積極的である。
「たこやきか・・・僕も食べたいな」
こうなると、由香はもう逃げられない。
唇が重なり、いつものように貪欲な舌が差し入れられる。
まるで口内くまなく、ねっとり舐めつくすような舌使い。
まだ慣れない由香には、鷲津の背にしがみつき受け入れるだけで精一杯なのだ。
濃厚なくちづけは、少しだけたこやきソースの味がした。
でも何より、酒臭い。
「花火より、こっちが楽しみだったんだ」
そう言いながら、鷲津が由香の耳元に呪文のように囁いた。
「え?」
「君の浴衣姿」
「・・・何、それ?」
本当は止めて欲しい、直接腰に来る、鷲津の熱い吐息まじりの声。
「実は花火、ほとんど見てない」
鷲津の右手が、由香のジャケットをカーペットの上にすべり落とした。
「本当はここで、画面に映る君を・・・ずっと見てた」
器用な指使いで、鷲津がブラウスのボタンをひとつひとつ外していく。
「鷲津さん、待って・・・。 私、あの・・、浴衣着たって・・・、どうせ・・すぐ脱がすつもりなんでしょう?」
きっと鷲津には『そうしてください』と聞こえるんだろうなと、由香はわれながら恥ずかしい。
それでもうつむきながら、目の前の男に精一杯の皮肉を言ってみた。
「なんだ、やっぱり脱がされたいのか」
間髪いれずに鷲津。
あまりに予想通りの展開に、由香は返す言葉につまった。
鷲津は最初から、花火なんてどうでもよかったんだろう。
つきあい始めの頃こそ、いろいろきっかけを考えていたようだったが、最近は堂々としたものだ。
花火大会は口実で、別に会えれば理由は何でもよかったのかもしれない。
しかしとりあえず、花火なんかなくっても、由香はこうして会えるだけで嬉しいのだし。
―――明日は10時出社なんだけどなあ。
いつもより数段増しでエッチな恋人の顔を見ながら、由香は思った。
でも浴衣姿で・・・したいだなんて、やっぱりもうオヤジなのかな?と思ってみたり。
「一緒に・・・、花火見れたらいいのにね」
「見れるさ」
「え?」
「君がプライム11のキャスター辞めたらいい」
「はあ?」
既に半裸に近い由香を見下ろしながら、鷲津がにやりと笑う。
こんな笑い方をするとき、この男の腹には大抵よからぬハカリゴトがあるのだ。
「では来年の花火大会までに、DD済み三島由香氏に対して、計画的かつ友好的吸収合併を実行しますか」
※DD:デューディリジェンス(due dilligence)とは、投資やM&Aなどの取引に際して行われる対象企業についての調査活動をいう。「デューデリジェンス」とも。口頭では「デューディリ」や「デューデリ」と略称するのが通常。文章では「DD」と略称することも。法務、会計、経営、環境といったさまざまな観点から行われる。
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