鷲津さんがクリスチャンという、捏造SS。
ふたりの結婚後の設定です。初々しいかな、えへへ。
しかも、季節ぜんぜん無視のクリスマスネタだし。(笑)
「・・・メリークリスマス・・・」
呼びかけても、真っ暗なリビングから返事はなかった。
由香は愛用の書類バッグを提げたまま、廊下の灯りを頼りに、リビングへと入っていく。
灯りのともらない部屋、その中央に置かれたクリスマスツリー。
ゆっくりと歩み寄ると、由香はその枝の一本を軽く指で弾いてみた。
ちりんっと、オーナメントの鈴が小さな音を立てて答える。
スイッチをいれると、枝に絡んだファイバーがいっせいに光りだした。
色とりどりにともる電飾のリズムを見つめて、由香はあきらめのため息をつく。
「やっぱり、一人ぼっちのイブ・・・って、わかってたんだけど」
そう呟き、由香が指先でもう一度、軽くツリーを突ついてみた。
ベルの音が、一人きりのリビングに今度はやけに大きく響いた。
先月末、久しぶりにお互いの時間が合い、外で夕食を共にした。
そしてその帰り道。
由香は、一軒のショーウィンドウの前でふと足を止めた。
ガラスの内側に、クリスマスツリーがセンス良く飾られている。
「そういえば、来月クリスマスなんだ。 ね、鷲津さん、ちょっとだけ、覗いて見ていい?」
「おい」
返事を待たず、由香は先に店の中に入っていってしまった。
鷲津は肩をすくめながら、由香に続いて店の中に入る。
そこは有名な輸入雑貨の店で、時節柄、クリスマス関連の商品が所狭しと並べられていた。
定番のツリーだけでなく、クリスマス用の大きな立体絵本や、大小さまざまなリース、オーナメントなど。
短い期間飾るだけのものでも、欧米の本場ではさすがに多種多様なツリーがある。
アメリカでは見慣れた品々でも、日本でこれだけ一堂に並べられたのを見るのは、さすがの鷲津も圧巻だった。
しかも店内は、本来の祝いの意味、厳かなクリスマスのムードとはかけ離れた騒々しさである。
「・・・賑やかだな」
「そうね。 あっ、これきれい」
由香が指差したのは、銀色のワイヤーに青いガラス玉の飾りがつけられたツリーだった。
シンプルな造りだが、もみの木のグリーンとはおよそかけ離れた色使いである。
「ただの置物だろう」
こういうときだけ、なまじクリスチャン風を吹かす鷲津である。
だが基本的に、彼が今までクリスマスイベントに関心をもったという記憶は無い。
鷲津のあまりに素っ気無い口調に、由香は少しだけがっかりした。
「鷲津さん家、ツリーとか飾らなかったの?」
「・・・クリスマスは、教会で賛美歌を歌う日と教えられていた」
「えっ? じゃあ、プレゼントとか貰わなかった?」
「世間一般で言う、クリスマスプレゼントという意味では、無い」
「でも、キリスト教では、クリスマスってお祝いの日なんでしょう?」
「・・・プレゼントは貰うより、寄付する額のほうが多かった」
そうやら鷲津は、イベントムード一色の日本のクリスマスには否定的らしい。
「そろそろ行こう」
「ん、もうちょっと見たい」
鷲津は興味が湧かないが、由香は並べられた飾りを楽しそうに眺めている。
その様子は本当に楽しそうで、鷲津は渋々ながらも由香の後ろで付き合った。
大小様々なイルミネーションがあるが、中でもツリーは大きさ色、形とも多様で、七色の光ファイバー製のものまである。
「せっかくだから、ツリー買いたいな。 これなんか大きさ的にも良くない?」
由香は、五十センチ程の高さのツリーを指差して鷲津に提案する。
が、彼のため息一つで一蹴された。
「欲しいなら、君の部屋に飾れ」
「ふたりで楽しめるところに置かないと意味ないもん。 それに狭いし」
「だから、いつも片付けろと言ってるだろう」
由香の仕事部屋は雑誌や本、資料がところ狭しと積み上げられていて、掌サイズのツリーがせいぜいなのだ。
「えー、うちのリビングなら、こういうのすごい似合うと思ったのに」
彼を説得するのは容易でないと思いながら、由香は店内をしげしげと見渡した。
その中にひとつ、まったく飾りのついていないツリーがある。
「なにかな、これだけなんか寂しい。 飾りは別売り?」
「さあな」
心既にここにあらずなのか、鷲津の返事は素っ気無い。
由香はあらためて、ツリーを眺め直した。
それは通常の緑の枝に光ファイバーが絡めてあり、電飾が小さく点滅しているだけの簡素なものだ。
ただ他のツリーと違って、こちらは土台が変わっていた。
どのツリーも枝の飾りは派手だが、土台は植木鉢を模したような物がせいぜいだ。
なのにこのツリーは、四角い土台にそれぞれ数字の書かれた小さな引き出しが六つずつ並んでいる。
数字は、1から24まで。
その内の一つを開けてみると、小さな雪ダルマが入っていた。
隣の引き出しには赤い小さなブーツ。
どうやら、これがオーナメントらしい。
「ああ、この引き出しの数字はカレンダーの日付なんだ。 雑誌で見たことある。 毎日一つずつ引き出しの飾りを飾っていって、最後の24日にツリーが完成するって」
由香は感心しながら、小さな引き出しを開けて中の飾りを順番に覗き込んでいる。
「うわ、全部違うオーナメント。 凝ってる、すごい、かわいい」
由香の手元を覗いて見ると、どの飾りも小さいが、確かに手が込んでいて可愛らしい。
ツリーに魅入っている由香は、すっかり夢中になっている。
鷲津はつい、こういうところがまだ女の子だなと苦笑してしまった。
「買うか?」
「えっ?」
ツリーに夢中になっていた由香は、不意の言葉に驚いたように振り返った。
「いいんじゃないか」
さっきまで全然関心なさげに、否定的なことを言っていたのに。
急にどうしたの、とでも言いたげに。
「ありきたりなツリーでは飽きるだろうが、これならアドベントカレンダーみたいで面白いんじゃないか」
「えっ、でもちょっと高い・・・」
外国製のそのツリーは、他のツリーより一桁金額が多い。
しかし鷲津との買い物で、彼が値札を気にしたことは確かに一度もなかった。
「気に入ったんだろう?」
由香は大きな瞳で瞬きしながら、すぐに満面の笑顔で頷いた。
由香はマンションに帰って、さっそくツリーを飾ってみた。
「点灯。 でもまだ寂しいなあ」
何の飾りも付いていないツリーは、寒々しい光が灯っているだけだ。
「まだ早いけど、一日分くらい先に飾ってもいいよね」
由香が、『1』の数字の書かれた引き出しを開ける。
一日目のオーナメントは、かわいらしい小さなテディベアだった。
ふかふかしたフェルトの素材に、ビーズや刺繍糸で目と鼻がつけてある。
まだ殺風景な枝のひとつに、さっそくそれを掛けてみた。
「待っててね、もうすぐ仲間が増えていくから」
由香は指で、そっとクマを撫でた。
「気に入ったんだな」
由香がいつまでもツリーの側を離れようとしないので、鷲津は少々呆れ顔だ。
「だって、鷲津さんからのプレゼントだもん。 すごいうれしい。 でも、どうして急に買おうなんて思ったの?」
「しいて言えば」
「言えば?」
「君のその喜ぶ顔を、見たかったから」
「・・・・」
それ、ものすごく嬉しいけど、ものすごく恥ずかしいんですけど・・・。
アメリカナイズされているというか、鷲津はときどき恥ずかしいことやうれしいことをさらりと口にする。
そんなとき生粋の下町っ子の由香は、正直リアクションに困るのだった。
頬が熱くなってしまい、微笑み返すことが出来ず、由香は視線を逸らした。
鷲津が背中から両腕を回してきたが、当然拒めない由香だった。
毎日、一つずつ飾りの増えていくツリー。
最初と次の日の二日間は、鷲津の帰宅を待って一緒にツリーを飾った。
だが、今夜は遅くなるという鷲津からのメールに、今夜の飾りの報告をつけて送る日が続くようになり。
由香も特番や取材でまともに帰宅できない日もあり、結局一緒にツリーの飾りを飾れたのは、半分に満たない日数だった。
互いにすれ違い、ツリーの飾りが増えているかどうかで互いの帰宅を知るような有様。
鷲津が忙しいことは最初からわかっていたから、クリスマスにそれほど大きな期待もしていなかった。
社会人になってからの由香のクリスマスは、毎年似たようなものである。
同僚や友人たちがそれぞれ恋人や家族と楽しく過ごす夜、由香はひとり局内に泊り込むほうが多かった。
もっとも去年の今頃は、鷲津は病院でリハビリ中だったのだが。
それが、今年に限ってこんなにも寂しいなんて。
その理由は恐らく、このツリーのせい、なんだろう。
由香は色とりどりに飾られたツリーを、頬杖をついて見つめながらため息をついた。
クリスマスを待ちながら毎日一つずつ飾りを増やしていくツリーは、同時にふたりの逢えなかった日々を思わせる物になってしまった。
ツリーなんて、買わなきゃ良かったのかな。
由香は最後の24個目の引き出しを開けたが、そのまま閉めてしまった。
最後の飾りを飾らなかったからといって、イブが先延ばしになる訳じゃない。
しかし、なんとなくひとりで飾る気になれなかった。
これをクリスマスまでに全部飾るのは、やっぱり無理なのかな。
それから、どれくらい経った頃だろう。
不意に部屋に灯りがともり、テーブルに突っ伏してぼんやりしていた由香は飛び起きた。
「どうした、ライトもつけず」
リビングの入り口に、大きな人影。
スーツケースを引く、コート姿の鷲津だった。
怪訝そうな顔で由香を見る眉間に、薄く皺が寄っている。
「どうして? 今夜は出張でいないんじゃなかったの?」
「予定より早く終わったんで、最終で帰ってきた」
連絡しなくてすまなかったと、鷲津は普通に付け加えた。
そして、まだ信じられない顔の由香をじっと見つめている。
「・・・泣いてたのか?」
伸びてきた指先に頬を撫でられそうになり、由香は慌てて身体を引いた。
「泣いてなんか。・・・ちょっとびっくりしただけ」
由香は笑ってごまかすと、洗面所に走っていった。
鏡に映る顔は、さっきまでの泣き顔が嘘のようにうれしそうに微笑んでいる。
部屋に戻ると、鷲津はスーツ姿でリビングのソファに座っていた。
由香が鷲津の足元のフローリングに、直接腰をおろす。
二人の前には、あのツリーが置かれている。
「・・・じゃ、最後の飾り付けしていい?」
由香は元気良く言って、24個目の引き出しを開けた。
「え?」
思わず声に出して、由香は引き出しの中を見つめ直した。
もしかして、中身が違う・・・?
さっきまで、ここには金色の星が入っていたのに。
いつのまにか別のものに変わっている。
そこには、無色透明の石を抱えた銀色の鎖が入っていた。
驚きで声も出せず、由香は横ですました様子で見ている鷲津を見上げた。
「クリスマスプレゼントなんだが。 気に入らなかったか?」
鷲津の優しい笑顔が、由香を見下ろした。
「・・・ううん。 すごい、うれしい」
この人に出会えて、信じて、本当によかった、と。
結婚して初めての、幸せな鷲津家のイブの夜だった。
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